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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1967号 判決 1977年12月22日

控訴人

走尾益征

右訴訟代理人

才口千晴

被控訴人

岬町農業協同組合

右代表者

関口四郎

右訴訟代理人

宮崎正巳

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一主位的請求について。

一<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  亡金綱利一は三善設備株式会社(以下、「三善設備」という。)の取締役で、事実上同会社の経営を主宰していた者、控訴人は昭和四一年五月ころから三善設備の従業員として、作業現場の見廻り、作業見積り、材料の手配、伝票の整理など諸般の事務を担当し、同人の会社経営を補佐していた者である。

(二)  金綱は被控訴組合の組合員として、同組合との間に金銭消費貸借の取引関係を結んでいたが、昭和四二年春ころ三善設備の営業資金に充てるため、被控訴組合に対し金二、三百万円の金員借受けを申し込んだ。しかし、被控訴組合は、金綱に対する既往の融資額が貸付限度額にまで達していたため、金綱に対し、同人以外の者で担保に供すべき資産を有する者を被控訴組合の準会員として加入させ、その者に対して所要の金員を貸し付けるという方策を提案した。金綱は、右提案に従い、借主となるべき者として控訴人を推薦したので、被控訴組合はこれを了承し、控訴人自身から借受けの意向を示してもらいたいと金綱に要請した。

(三)  控訴人は、昭和四二年四月中、被控訴組合長者支所長田中文子の許を訪れ、同人に対し、金綱に一任してあるので、よろしく。」と述べるとともに控訴人の実印及び控訴人の亡父名義の土地、建物の登記済権利証を交付した。右実印及び権利証は間もなく被控訴組合本所に保管されることとなつた。

(四)  その後、前記三善設備の営業資金の必要は一旦なくなつたが、前記権利証は現在に至るまで被控訴組合に保管されたままであり、実印は昭和四二年八月末ころ金綱が取り戻していつたが、後記のとおり同年九月二〇日に金綱から再び被控訴組合に預託されて、現在に及んでいる。

(五)  昭和四二年九月八日、金綱は控訴人の代理人として被控訴組合長者支所長田中文子に対し、金二〇万円の借受けを申し込み、予め被控訴組合から交付を受けていた特約手形借入約定書用紙の債務者欄に控訴人の、連帯保証人欄に矢代金雄の各住所氏名を記載し、また、約束手形用紙の金額、満期を記入し、かつ、振出人欄に控訴人及び矢代金雄の各住所氏名を記載し、以上の各氏名の下にはいずれも実印を押捺したうえ、田中に差し入れ、右約定書及び手形のその余の所要事項は田中にこれを補充させた。田中は、即日、被控訴組合本所の決裁を得て、金二〇万円を弁済期昭和四二年九月二七日と定めて控訴人に貸し付けることを承諾し、該金員を金綱に交付した。前記約定書は、被控訴組合と控訴人間の取引極度額の定めの手形貸付契約を内容とし、利息は日歩二銭三厘、遅延損害金は日歩四銭とする旨を含むもので、金綱は右約定書を差し入れることにより、被控訴組合との間に当該約定を取り交わした。

(六)  次いで、金綱は昭和四二年九月一六日、控訴人の代理人として被控訴組合本所の貸付金係長吉野和男に対し、金四〇万円の借受けを申し込み、右金額の借用証書の、借用人欄に控訴人の連帯保証人欄に矢代金雄の各住所氏名を記載し、控訴人の名下にその実印を押捺したうえ、吉野に差し入れた。吉野は、即日、被控訴組合の担当関係者の決裁を得て、金四〇万円を弁済期昭和四二年一二月二〇日、利息日歩三銭、遅延損害金日歩四銭の約で控訴人に貸付けることとし、該金員を銀行振替の方法により、千葉銀行長者支店の金綱の口座に送金した。金綱は昭和四二年九月二〇日、控訴人の印鑑証明書を実印とともに被控訴組合に預託した。

(七)  さらに金綱は、昭和四二年九月一九日、控訴人の代理人として前記吉野係長に対し、金二〇〇万円の借受けを申し込み、右金額の借用金申込書に控訴人の住所氏名を記載し、借用証書の借用人欄に控訴人の、連帯保証人欄に時田和夫、矢代金雄の各住所氏名を記載し、以上の各名下にいずれも実印を押捺したうえ、これを右三名の印鑑証明書とともに吉野に差し入れた。吉野は、即日、被控訴組合の担当関係者の決裁を得たうえ、金二〇〇万円を弁済期昭和四二年一二月二五日、利息日歩三銭、損害金日歩四銭の約で控訴人に貸付けることとし、該金員を銀行振替の方法により、千葉銀行長者支店の金綱の口座に送金した。

(八)  以上のとおり金綱が控訴人の代理人として直接本人の名を顕わして被控訴組合から借り受けた三口の金員(以下当該金銭消費貸借契約を「本件消費貸借」という。)は、いずれも実際上は三善設備の営業資金に充てるためのものであり、現に被控訴組合から金綱に交付された貸付金は控訴人の手を経ることなくそのまま三善設備の営業資金として使用された。

(九)  なお、控訴人を被控訴組合の準組合員として加入させることは、被控訴組合の過誤により、その手続がとられないまま、本件消費貸借がなされた。

このように認められる。

二控訴人は、原審及び当審における本人尋問において、(イ)控訴人が被控訴組合長者支所長田中文子に対し、前記一(三)のような言明をして、権利証及び控訴人の実印を交付した事実はなく、(ロ)被控訴組合に権利証が保管され、また、前記一(五)ないし(七)の各種の書類に控訴人の実印が押捺され、右印も現に被控訴組合が保管しているのは、あるいは、金綱が控訴人方から無断で持ち出したものであるか、または、控訴人の母を欺いて交付させたことによるものであるかもしれない旨供述する。しかし、控訴人本人の供述によると、権利証は控訴人宅内の茶棚の中に保管されており、実印は控訴人宅の窓際の台上に置かれたワイシヤツの空箱内に、他の数個の印顆その他の雑品とともに収納されていたというのであり、そのような保管状態にある権利証実び実印を金綱がいかにして持ち出すことができたか(特に、実印をどのようにして選別することができたか)につき、その可能性を肯定せしめるような具体的事情についてなんら触れるところがなく、また、金綱が控訴人の母をして権利証及び実印を交付させたとする点も、他に客観性のある証拠の裏付けがあるわけではなく、かえつて、控訴人本人の供述によると、控訴人方にある数個の印顆のうち実印がどれであるかは控訴人母の知らないところであつたというのであるから、控訴人の母が金綱の求めに応じて控訴人の実印を交付したと認めうる可能性ははなはだ乏しいというべきであり、ただ全くの偶然により控訴人の母が控訴人の実印を選び出して金綱に交付したという事態が想定されうるのであるが、本件がまさにそのような偶然の支配した場合に当ることを認めうる証拠はない。以上の次第で、原審及び当審における控訴人本人の供述中前記(ロ)の部分は、結局、単なる推測を述べる以上に出ないものであつて、信憑性の薄弱なものであるというべきであり、右(ロ)の部分と表裏一体の関係にある前記(イ)の供述部分も、右と同様の理由により、かつ、前記一の冒頭に掲記した各証言に照らし、これまた信用することができない。

他に前記一の認定を左右するに足る証拠はない。

三前記一の認定事実を総合すれば、控訴人は昭和四二年春ころ金綱の依頼を受け、三善設備の営業資金に充てるため、被控訴組合から最高限度額金三〇〇万円位の金員を借り受け、これを三善設備に使用させること及び右借受金債務につき、亡父名義の土地建物を担保に供することを承諾し、金綱に対し、控訴人の代理人として、控訴人が被控訴組合に預託した実印を使用して、控訴人名義の書類を作成し、必要があれば控訴人の印鑑証明書の交付を受けて被控訴組合に差し入れるなどして、直接控訴人の名を顕わして被控訴組合から前記金員を借り受け、これにつき担保を提供する代理権を授与したものと推認することができ、右推認を左右するに足りる証拠はない。前記一の認定事実によれば、一旦三善設備の営業資金の必要がなくなつてから約五か月の後である昭和四二年九月中前記一の(五)ないし(七)の本件消費貸借がされたという関係にあるが、この間、控訴人が金綱に対して授与した代理権を撤回したとの点については、的確な主張もなければ立証もない。そして、本件消費貸借は金額の範囲の点からいつても、金員の使用目的の点からいつても、控訴人が金綱に授与した代理権の範囲内の取引に属するものと認めるべきものである。そうすると、金綱が控訴人の名において被控訴人との間に締結した上記各消費貸借契約は、控訴人につきその効力を生ずべきものといわなければならない。

四ところで、農業協同組合は、法人の一として、法令の規定に従い、定款によつて定まつた目的の範囲内において権利を有し、義務を負うものであり(民法第四三条)、組合の行為であつて、組合の事業範囲に属しないものは、その効力を生じないものとしなければならない。そして、農業協同組合法は、組合の行いうる事業として資金の貸付けをあげているが、これは原則として組合員の事業または生活に必要な資金の貸付であることを要し(同法第一〇条第一項第一号)、ただ例外的に、一定の範囲におけるいわゆる員外貸付けを行うことを認めているのである(同条第九、第一〇項)。しかし、員外貸付けも、組合の事業目的を実現するのに必要かつ適当なものは、前記例外の場合に当らない貸付けであつても、これを組合の事業範囲に属するものとして、その効力を是認するのが相当であり、したがつて、具体的事情のもとにおいて、当該貸付けが組合の経済的基盤の確立に資するところがあるなど組合の事業目的を実現するのに必要かつ適当なものであると認められるときは、右貸付けは無効ではないと解すべきである。しかるに、本件消費貸借が前記例外の場合に当るとの点についてはなんら主張立証がなく、また、本件において、被控訴組合は控訴人を準組合員として被控訴組合に加入させたうえ金員を貸し付ける予定であつたところ、被控訴組合の過誤によりその手続を経由しないまま、貸付けを行い、その結果、員外貸付けの型態をとるに至つたという事情にはあるが、本件消費貸借はもともと被控訴組合の事業と全く関係のない三善設備の営業資金に充てるために締結されたものであつて(このことは前記のように被控訴組合側も諒承していたところであつた。)、本件消費貸借が被控訴組合の事業目的を実現するのに必要かつ適当なものであつたとは認め難く、したがつて、本件消費貸借は、被控訴組合の事業範囲に属するものとしてその効力を是認するに由ないものといわなければならない。

五されば、本件消費貸借が有効であることを前提として、本件貸付け金の返還を求める被控訴組合の主位的請求は、爾余の点について審究するまでもなく、失当とすべきである。

第二予備的請求について。

被控訴組合は、予備的請求として、本件消費貸借が無効であるとすれば、控訴人は法律上の原因なくして本件貸付け金二六〇万円相当の金員を利得し、これにより被控訴組合は同額の損失を被つたから、控訴人に対し右不当利得の償還を求める旨主張する。

しかしながら、被控訴組合の控訴人に対する本件貸付け金が三善設備の事業資金として使用されるものであり、被控訴組合もこのことを知悉し、右金員を控訴人の手を経ることなく直接金綱に交付したものであることは前記認定のとおりであるから、右貸付け金の授受による経済的利益の移転は直接には被控訴組合と金綱ないしは三善設備との間において生じたものというべく、それが控訴人被控訴組合間の消費貸借成立における要物性の要件を充たしうるものであることは別論として、右契約が無効であることに伴う不当利得の関係においては、例えば控訴人と金綱ないしは三善設備との内部関係上右貸付け金の交付により控訴人が金綱ないしは三善設備に対して同額の消費貸借上の権利を取得したり、あるいはこれに対する債務を免れる等控訴人が右貸付金を取得したのと同視しうる経済的利益を得たものと認めることができるような特段の事由がないかぎり、控訴人は被控訴組合の右出捐によつて同額の利得をしたということはできないというべきである。しかるに、被控訴組合はかかる特段の事由につきなんら主張立証するところがないから、控訴人は被控訴組合に対し、無効な消費貸借契約に基づく前記出捐により不当に利得した者としてこれが償還の義務を負うべき理由はないといわなければならない。

それ故、被控訴組合の予備的請求もまた失当であるとしなければならない。<後略>

(中村治朗 石川義夫 高木積夫)

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